その事に関して仁王は深く考えてもいなかった。
あれは、そうだ柳生と何気なしにドキュメンタリー番組を見て居た時だ、やる事も無くただ付いていたTVが丁度ドキュメンタリーを流していて、チャンネルを回すことなくその番組にしていただけ、そうそれは幼児にスポットを当てて子供が泣き騒ぐシーンで柳生が放った一言『泣きませんよね』と前後の脈絡もなしにただ柳生は俺に向けてでは無くTVに向けて言葉を出していたが、いやあれはきっと、俺に言ったんじゃろ確実に。
泣きませんよねと言われても自分ですら泣いた記憶など当の昔過ぎて覚えていない
全国大会のあの日でさえ、周りが悔し涙を流している中、あぁ負けたのだと空をぼんやり眺めていたのだから。泣くというのは実は難しい事で、だから自分は泣かないのか?
いやそんな馬鹿な、あのドキュメンタリーでは小さい子がワァーワァーと泣いていた。
「泣くって……なんじゃ」
感情が無いわけではない、楽しかったら笑うし、怒りに震える事も、呆れる事も、寂しくなる事もある。だけれど涙の流し方わからない
「わっからんのぅ……」
ベッドにまどろみつつ『涙』の事を考えて居ても答えは見つからないまま夢の中に行くようにと瞳を閉じた。
学校で朝一番に出会ったら普通「おはようございます」じゃないんかこの紳士は、何開口一番に「泣いたんですか」だ、昨日の今日で泣いた記憶など無いわ「泣いたも何も泣く理由がないじゃろ」と普段の通りに流せば何か気に入らないのか何か言いたげに視線を寄こすだけだった。クラスに行こうとするとするりと紳士の掌が自分の頬に手を当てられ周りに居た女子が黄色い声を上げながら走って行くのが視界の端に写る
(は……?)
「なに、す」
「涙の――」
「仁王と比呂士―はよぉー、今日も部活ねーとか暇だよなぁ」
柳生の言いかけた言葉は完成する前にブン太に遮られ、その後の言葉を忘れるかのように続きも言わずにヤツは自分のクラスへとさっさと行ってしまった
涙の――その続きは何だろうかそして何故柳生は少し寂しそうな顔をするのだろうか
(俺にはなんもわからんよ、涙の流し方もおまんの考えている事も)
「比呂士も真面目だよなぁー朝一の授業なんだっけか?」
「……数学」
「うげ……お前だけが楽しいだけじゃねぇか」
窓の外を眺めながら考える何が言いたかったのだろう、俺は柳生の言いかけた言葉の意味を理解してどうするつもりなのだろうか、何も分からない。
授業に集中していなくてはならない、そう思っていても今朝見た彼の瞳には泣いたと思われる痕があったにもかかわらず泣いた覚えなど無いと言う、泣いているのを隠しているようには到底思えないのだ、ならばどうして涙の痕が?
もしかすると彼は自分でも知らずに一人で泣いているのだろうか、この私にも見せることなくたった一人で
(今日は仁王君が私の家に泊る日ですね……)ただの予感、でも確認しなければならないと思った。
「お邪魔します」
「どうぞ、誰もいませんから」
泊る日は1か月に数回毎日どちらかの家に泊るわけでもないが、二人になれる空間を作っているつもりだ、部活も忙しく、プライベートな事と言えば泊りくらいしか作れない
あれ?中学生じゃ?という言葉は聞こえなかった事にしておく
「あれ、家族は旅行け?」
「えぇ、妹がどこかに行きたいと言い出しまして、父も丁度休みなので」
「……お前は?」
目の前の雑誌見つつ頬を付きながら捲るその言葉の真意はきっとなんで付いて行かなかった?部活は休めば良かったじゃろ?という具合だろうか、だって私が行ってしまったら
「仁王君を置いて行けませんよ」
「……は、数日の旅行じゃろうて――」
「言い方がいやらしかったですね、仁王君でなく、私が離れるのが嫌なのですよ」
私はきっと貴方から離れることは出来ない きっと貴方もそうであるように、だからこそ独りで泣かないでほしい、そう思ってしまうのです。
風呂も入りそろそろ寝るけぇと一緒にベッドへもぐりこむ一緒で寝る事にもう疑問もない、恋人なのだから
「仁王君手を繋いでください」
「は?……えぇけど、甘えたか?やぁぎゅ?」
「えぇ」
少しでも安心を貴方に与えたくて、言っても分からないだろうから握った手に力を込めそっと目をつぶる。寝る気は無い、ただ確かめたくて寝たフリをしているだけ
「おやすみ、柳生」
「おやすみなさい、仁王君」
3時間はたっただろうか私に背を向け寝ている彼の顔を見たくてのそりと起き上がり起こさないようにとゆっくりこちらに向けカーテンを開けると月明かりに照らされた仁王君の顔がはっきりと見えるそして当たって欲しくない予想が当たってしまった
「仁王君……」
その顔には涙。今もしっとりとシーツを濡らしている
泣く事を覚えていない仁王君がどこかで泣いている、本人も気づかない間に寝ている間に、夢の中たった独りで。無意識に抱き締めていた
衝動――そうかもしれないけれど我慢が出来なかったのだ
「なん、柳生……!?」
驚く事も分かっている急に目覚めさせたのだからでも、それでも。
「貴方が泣けないと言う世界なら私の前だけでは泣いてください、私は貴方から、仁王君から離れない」
きっと起きぬけに言われても混乱するだろうでも言わせてください
「やぁぎゅ?俺は泣けんよ?」
そう頬に流れる涙を指ですくいながら口づける貴方がそう思うならそれでいい、私は泣けない貴方ごと欲するから。
貴方が泣けない世界など私にはいらないのに
END
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