―俺は、やめときんしゃい―
飄々と、しかしはっきりと彼は私を拒絶をした。
一人部屋で彼の言葉を思い出す、今日数学準備室で彼は私に視線を向けることなく言った拒絶を
そんなにもあからさまな態度だっただろうか、部活ではテニスと対戦相手の行動と彼のプレイスタイルを集中的にしか考えていなかった、部活後でもあまり彼を見る事も無く会話はしていたと思う。わかりやすい程態度に出していなかったはずだ。
彼の呼び名は他校にも轟くくらい【詐欺師】と称されているが自分を隠すと言った意味では私も負けてはいないように自負している。
想いを告げる事もしないで私はふられるのだろうか、2年も隣に居た私の言葉も聞かず?
彼のあの言葉は、私の想いを知っての拒絶だ、2年も一緒に居たのだ、あの言葉の意味がわからない訳が無い。
ならばこの想いはいつからばれていた?
私はいつから彼を思っていた?
いつから愛していた?
ねぇずっと一緒に居てもわからない事があるんです、貴方の得意な詐欺ですか?
少し汚れたレンズに気付き、そっと眼鏡を外し、クロスで磨く。
自分の手を見つめ、あぁ彼はこの手を好きだと言っていたのを思い出した。
―柳生は、綺麗なんよ―
この手をとって彼は笑った。幸せそうに――……
手入れなどしていない肌を彼は綺麗だと笑った、あなたのその笑顔の方が私にとっては綺麗だと言うのに。
途中まで読んでいた本にしおりを挟み本棚に戻す、ベットに戻らず椅子に座り引き出しを開けるとそこには海で摩耗され丸くなった緑色の硝子があった。
あれは私が恋など自覚する前、幸村君も入院する前にレギュラー全員で海へ行った事がある。
はしゃぐ丸井君や切原くんに追いかけられるジャッカル君、そんな3人を咎めることなくただ素の姿で笑っている真田君と柳君、追いかける二人を煽る幸村君や遠くの方で砂浜で何か探している彼。
何故行ったかもわからないが彼の方へ足を向けた。
『何をしているんです?』
急に声をかけられ焦ったのか肩が揺れたのがわかった
『探しとったん』
レギュラーは全員居るし、何か大事なものをもってくるような距離でもない、バッグは皆の方へ置いてある。落し物にしてもそこまで散策はしていない為すぐに見つかりそうでもある
でももし小さな物だとしたらこの砂浜では見つけにくいかもしれない
『落し物ですか……?』
『ちゃうよ、賭けてるだけじゃ』
彼との会話はスムーズにはいかない
波が退いた時に一点を見つめ『あっ』っという声を上げた
『――……おまんが近寄ったら簡単に見つかったわ』
何かわからない私の手を引いて、彼は腰を屈めて指をさした
これは……摩耗されて丸くなった硝子?
『これを探していたんですか?』
『おん、おまんにやるき、硝子やけどな』
海水で砂利を落とし、ポンッっと私の手に置かれる、素直に綺麗ですねと呟けば視線は合わないがそーじゃろ?なんて言葉を貰う
あぁ、これは本当に綺麗なモスグリーンだ。太陽にかざし色に感激する。
『好きじゃろ?モスグリーン』
ふいに言われた言葉に吃驚するほか無かった、多分好きな色は柳君でも知らない(確証は無いが、言った覚えも聞かれた覚えも私には無い)
それは勿論、彼にでさえ、そんな会話をする方でもなく話題に出す事でもなく私の持ち物に突出してモスグリーンの小物があるとかでもなく、だが彼は知っていた。
『詐欺師に本心を悟らせたらイカンよ紳士殿』
何故わかったのだろうという本心を彼はこちらを見ることなく言ってのける
これは一種の観察眼というものだろうか、だとしても凄いという言葉以外出てこない
柳君も相当な観察眼の持ち主だと思っていたが、彼も相当な持ち主であることにかわりはない
ダブルスのパートナーとしては心強く、相手にするにはいささか厳しい。
『じゃぁけぇ―……』
あの時の言葉の続きを私は知らない
思い出に浸っていたのだけれど時計をみやれば針は12時をとうに過ぎていた これはいけない
常勝を掟とする立海のテニス部の朝練に遅れるわけにはいかないし、明日は(今日だけれども)風紀の仕事もある。右手で握っていたモスグリーンのガラスを引き出しにしまい、ベットに入る。
ラックに眼鏡を置くと今まで襲ってこなかった睡魔がドッっと襲ってくる、緊張疲れか考え過ぎか、はたまたあの思い出に浸っていたせいなのか、ぐちゃぐちゃになった思考を解くようにいつの間にか暖かくなった布団に吸い込まれるように意識を飛ばした。
――――――
意識を覚醒させて目覚まし時計を見れば6時30分。セットした時間より20分も早く起きてしまった
昨日用意していたシャツや靴下に手をかけズボンを履く、洗面所へ行くために眼鏡を一度かけて階段を下りると母親に挨拶をする、聞かれる前に今日はコーヒーでお願いしますと伝える事も忘れない
洗面台の鏡を見ると当たり前だが自分の顔が映る、幸村君にお前たち顔の造形似てるんじゃない?と揶揄されたこの顔を……似てるのは目つきとこの顔立ちだけだろう。
洗顔と歯磨きをし、髪を整えている時に母親から丁度朝食が出来上がったと声をかけられる
日本食だと思われがちだが、我が家はどちらかというと洋食の方が多いと思う。
程良く焼けたパンとチーズ入りスクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン、サラダ、母特製のジャムを入れたヨーグルト、飲み物はコーヒーや牛乳、オレンジジュースなど日によって変わる。
飽きると言う事は無いたまに和に変えたりするので母にはいつも感謝してもしきれない
モグモグと食を進める、うん美味しい。素直に今日も美味しいですねと言うのも忘れないそうすると母は年がいも無く笑顔を浮かべるのだ
時計を見れば起きようと思っていた6時50分をとうに過ぎていた、だが7時30分に出れば間に合うのでまだ時間がある
「比呂士、今日部活帰りに牛乳を買っておいてくれない?」
「はい、どのメーカーでもいいんですか?」
何でもいいわよ、安いと嬉しいけれどなんて声が飛んでくるが実際相場などわからないので笑って返しておく
新聞に目を通して、自室に戻ると机で携帯がチカチカと点滅していた
携帯を見るとメールが1件受信されている
朝から部活関係だろうかと受信BOXを見ると……柳君からだった
【パワーリストの錘の量を少し増やすつもりなので、よろしく。】
これは2倍でやっていた丸井君とジャッカル君もだろうか
まぁいままでの重さに慣れてしまっていたので、負荷をかけるにはいいと思うけれど。
机に置いてあるパワーアンクルをつけ、下に行くついでに妹を起こし、母親に行ってきますと声をかけ玄関を出た
それが私の朝の日常なのだ。
部活の始まる10分前にはもう部室につき、ドアに手をかけるとガチャリとあちら側から人が出てくる
真田君か?と思い顔を上げると思いもよらない人が中に居た
「おん、柳生かおはよ、やっぱおまんと真田は朝が早いのぅ……まぁ今日は服装検査じゃけぇ……部活抜けるのも早いんだろうな、ここ開けたのは流石に俺じゃなからのぅ真田に聞いてくれ」
「えぇぇ……おはようございます」
居ると思わなかったただでさえ朝と寒さが弱く、部活に出るとしてもマフラーを外さないで真田君にいつも咎められながらあくびをしている彼が。
「俺が何故早いって顔に出てるのぅ部活でてりゃ校門での服装検査はパスじゃけぇそこが盲点ぜよ風紀委員さん」
なるほど。
「まったく……抜け目ないですね。そう言えば柳君から聞きましたか?」
平常を装い、昨日の事なんか無かった事のように言葉を紡ぐ彼にこれ以上拒絶の言葉をかけられたくなくて、必死に。
「パワーリストな、別にかまわんと思うが、ブン太とジャッカルも負荷増やすのかのぅ……あれ以上したら骨の方に異常おこらんといいけど」
俺だったら折れそうじゃのぅなんて部活をしている中学生男子しては(女性よりも)白い肌とほっそりとした手首を見ながら会話を弾ませる
「最初はきついでしょうね、私たちの最初がきつかったように」
「…………そうじゃな」
少し顔を伏せ心ここにあらずといった表情といつもとは違う声。
私から離れて行く彼の腕をつかみたくても何故か動き出せない。足早にこの場から離れて行く音が後ろから聞こえるにもかかわらず
あの一言で顔を俯かせ耐えるようにあの綺麗な唇を噛んだあの顔に何を思った?
贖罪?
そんなものではない彼を気付付けたからの罪悪感などではなくただ―……私に駆け巡った感情あれは「欲情」だ。
紳士?聞いて呆れる思い人の顔を見て欲情する等、そんな者紳士でもなんでもない
彼に関すると私はいつもの私では無くなる。
追いかけて謝るべきか、一体何に?
蒸し返すつもりか、彼にもう一度あの顔をしてほしいとは思わない
「どうした、ドア前に突っ立ってジャージに着替えないのか?」
柳君に声をかけられハッっとする部室前でドアが半開きのまま制服姿で突っ立っているなんて
不思議で仕方ないだろう
あぁええまぁ今日忘れ物したか急に不安になって……なんて嘘をついて部室に入る
自分のロッカーを開いてさっきまで考えていた邪念を払う彼は戻ってくるだろうか。
柳君と二人の部室は静かだ、ジャージのボタンを留めていると静寂を打破するように
「今までの物事が急に変化する事もある、特にデータで出ていてもな……だからこそ求めるのだろがふむ難しいな」
何を言っているのだろうか
「おっしゃっている意味が―……」
「うわーー!!!あっちぃ!!!!お!柳生と柳じゃん!!早く部活しようぜーぃ」
丸井君がドアを思いっきり空けながら部室に入ってくる。これでよかったのかもしれないなどと謎の安心感を持ち、柳君も変わることなくパワーアンクルの事を丸井君に伝える。
「あ?負荷?別にいいぜそれで強くなるならなんだってしてらぁぃ」
頼もしいものだなと感心すると同時にプラチナペアだからといって自分たちも負けるわけにはいかないと己を奮起する
「それにしても丸井今日は早いなデータだといつも登校ギリギリのはずだが?」
「いやっ……そのあれだよ!たまには朝練も!」
「今日は風紀委員の服装検査ですからね部活をしていれば必然的にパスになります そうでしょう丸井君?」
ニコリと顔を向ければ何も言えないのかラ……ランニングいってくるぜぃ!と着替えもままならないジャッカル君を連れだしていく
なんだかんだしていれば、着替えも終わり、部活も抜けださないといけない時間になっていた
だが朝方見かけた彼は部活には現れなかった。
(やはり、私が原因―……)
ロッカーで、風紀委員の為に着替えているとガチャリとドアが開く音が聞こえる、まだ部活は終わっていないはずだ
「……あっ」
「あぁ……もう委員会か、はよいってきんしゃい」
気だるそうな声を上げ私を促す、先ほどの事を謝るべきか、否言わない方がいいだろう
隣のロッカーに移動してジャージから制服へ着替える彼を唖然と見つめる
「もう部活出たって意味ないじゃろ」
私の視線に気付いたのか手を動かしながらポツリと呟かれる、その声にはさっきまで出るつもりだったというのが含まれているに違いない。
ロッカーをパタンと閉め、では先にいってきますねとちらばる意識の中声をかける
今日は集中して風紀の仕事が務まりそうにない、そんなんじゃ他の風紀にも真田君にも申し訳ないなと思いながら、ずっと燻ってる想いがそんな事を凌駕する。
案の定今日の委員会では違反生徒を見過ごしていたらしい、真田君にたるんどる!とまではいかないが、今日は体調がよくないのか?なんて心配をかけてしまった。
別に体調などすこぶる良いので、勉強のしすぎで少し寝不足でして……なんて数年前まではつけなかった『嘘』を簡単に紡ぎ出す。
これも彼と一緒に居た影響なのだろうか私の中でどんどん存在が大きくなっていった
「真田がぼやいとったぞ柳生の様子がおかしいってな」
彼の言葉で意識を覚醒させれば声を掛けられていた
言葉をかけてもらえると思っていなかったために反応が遅れてしまった私をやっぱなにかおかしいのぅといつもの人をおちょくった感じの時のように口角を上げ笑う
「あの……」
何を言うつもりだ、謝罪か?好意か?昨日すっぱりと拒絶されたのにか?
私は今どうするつもりだただ話をしたい彼の本意でなくても言葉を交わしたい
「屋上に行きませんか?」
精一杯の誘いは彼の好きな場所への誘い
表情を見せずえぇよと肯定を受け取り先に屋上へ歩みを進める私の後を追ってくる
カチャリとドアを開けて屋上に出ると心地よい風が吹き髪を少し乱す
その風に吹かれながら私は、この想いも一緒に乗せる、貴方に少しでも届きますようにと
「言われる事はなんとなく予想は付いてるでしょう?昨日の今日ですからね」
逃げられないようにと腕を掴むとびっくりしたのか視線が交わる
何故そんな悲しんだような目をするんですか君は
「私を拒んだ理由はなんですか」
確信を付くような言葉を投げかける
「一緒におったら不幸になるんよ」
「私はそうと思いません、誰かにそう言われたんですか?あの否定は本心なんかではないでしょう?何年共に隣を歩いたと、勝利をつかんだと思っているのです」
反論の余地を与えないように喋る、彼の話術にハマらないように
「お願いです君の本心が知りたい私は君と一緒に居て不幸になんかならない君が居れば私の世界は救われる」
「……中学生男子が将来を語るなんて野暮な事だと思っとった、ただの絵空事と、だが柳生の傍におって一緒に居たいと強く願ってしまったんじゃその時に思う、お前の将来を……きっとこの好意に答えてくれても将来お前の道で壁になる存在は俺っちゅー事に、同性であるが故に、まだ広い意味として認められてないこの中で生きて行くには、生きずらいと言う事に気付いたんじゃ、俺のどろどろとした思いで柳生を汚したくなかったんよ」
それでも私は貴方と居たい
「仁王君――これを覚えていますか?」
手の中の摩耗されたモスグリーンの硝子を差し出す
「それ……」
「えぇ昔貴方に頂いたものです、あの時から貴方は私の事を想っていてくれたそうですよね?あの時は私はまだ自分の気持ちに気付いていなかった、でも今なら貴方を抱きしめたいと私の力で幸せにしたいと想うんです」
「持ってないと思っとった……あんな……賭けとったんよおまんがこれずっと持ってるかって」
あの時のあの台詞はそれだったのか数年の謎が回収された
「賭けの内容を教えてください」
「もし、まだ好きで柳生がそれを持っといてくれたらまだ好きでいようと――」
言い終わる前にたまらずに彼を抱きしめる、やっとこの手に、近くで仁王君を求める事が出来た
握りしめた硝子を仁王君に手渡す
「これ」
「見つけてくれて有難うございます仁王君」
そっと金色の瞳に浮かぶ涙を指ですくい取りながら顔を近づける
屋上で二人の影が重なり合う
私の日常が少し変化した夏の出来事
END
飄々と、しかしはっきりと彼は私を拒絶をした。
一人部屋で彼の言葉を思い出す、今日数学準備室で彼は私に視線を向けることなく言った拒絶を
そんなにもあからさまな態度だっただろうか、部活ではテニスと対戦相手の行動と彼のプレイスタイルを集中的にしか考えていなかった、部活後でもあまり彼を見る事も無く会話はしていたと思う。わかりやすい程態度に出していなかったはずだ。
彼の呼び名は他校にも轟くくらい【詐欺師】と称されているが自分を隠すと言った意味では私も負けてはいないように自負している。
想いを告げる事もしないで私はふられるのだろうか、2年も隣に居た私の言葉も聞かず?
彼のあの言葉は、私の想いを知っての拒絶だ、2年も一緒に居たのだ、あの言葉の意味がわからない訳が無い。
ならばこの想いはいつからばれていた?
私はいつから彼を思っていた?
いつから愛していた?
ねぇずっと一緒に居てもわからない事があるんです、貴方の得意な詐欺ですか?
少し汚れたレンズに気付き、そっと眼鏡を外し、クロスで磨く。
自分の手を見つめ、あぁ彼はこの手を好きだと言っていたのを思い出した。
―柳生は、綺麗なんよ―
この手をとって彼は笑った。幸せそうに――……
手入れなどしていない肌を彼は綺麗だと笑った、あなたのその笑顔の方が私にとっては綺麗だと言うのに。
途中まで読んでいた本にしおりを挟み本棚に戻す、ベットに戻らず椅子に座り引き出しを開けるとそこには海で摩耗され丸くなった緑色の硝子があった。
あれは私が恋など自覚する前、幸村君も入院する前にレギュラー全員で海へ行った事がある。
はしゃぐ丸井君や切原くんに追いかけられるジャッカル君、そんな3人を咎めることなくただ素の姿で笑っている真田君と柳君、追いかける二人を煽る幸村君や遠くの方で砂浜で何か探している彼。
何故行ったかもわからないが彼の方へ足を向けた。
『何をしているんです?』
急に声をかけられ焦ったのか肩が揺れたのがわかった
『探しとったん』
レギュラーは全員居るし、何か大事なものをもってくるような距離でもない、バッグは皆の方へ置いてある。落し物にしてもそこまで散策はしていない為すぐに見つかりそうでもある
でももし小さな物だとしたらこの砂浜では見つけにくいかもしれない
『落し物ですか……?』
『ちゃうよ、賭けてるだけじゃ』
彼との会話はスムーズにはいかない
波が退いた時に一点を見つめ『あっ』っという声を上げた
『――……おまんが近寄ったら簡単に見つかったわ』
何かわからない私の手を引いて、彼は腰を屈めて指をさした
これは……摩耗されて丸くなった硝子?
『これを探していたんですか?』
『おん、おまんにやるき、硝子やけどな』
海水で砂利を落とし、ポンッっと私の手に置かれる、素直に綺麗ですねと呟けば視線は合わないがそーじゃろ?なんて言葉を貰う
あぁ、これは本当に綺麗なモスグリーンだ。太陽にかざし色に感激する。
『好きじゃろ?モスグリーン』
ふいに言われた言葉に吃驚するほか無かった、多分好きな色は柳君でも知らない(確証は無いが、言った覚えも聞かれた覚えも私には無い)
それは勿論、彼にでさえ、そんな会話をする方でもなく話題に出す事でもなく私の持ち物に突出してモスグリーンの小物があるとかでもなく、だが彼は知っていた。
『詐欺師に本心を悟らせたらイカンよ紳士殿』
何故わかったのだろうという本心を彼はこちらを見ることなく言ってのける
これは一種の観察眼というものだろうか、だとしても凄いという言葉以外出てこない
柳君も相当な観察眼の持ち主だと思っていたが、彼も相当な持ち主であることにかわりはない
ダブルスのパートナーとしては心強く、相手にするにはいささか厳しい。
『じゃぁけぇ―……』
あの時の言葉の続きを私は知らない
思い出に浸っていたのだけれど時計をみやれば針は12時をとうに過ぎていた これはいけない
常勝を掟とする立海のテニス部の朝練に遅れるわけにはいかないし、明日は(今日だけれども)風紀の仕事もある。右手で握っていたモスグリーンのガラスを引き出しにしまい、ベットに入る。
ラックに眼鏡を置くと今まで襲ってこなかった睡魔がドッっと襲ってくる、緊張疲れか考え過ぎか、はたまたあの思い出に浸っていたせいなのか、ぐちゃぐちゃになった思考を解くようにいつの間にか暖かくなった布団に吸い込まれるように意識を飛ばした。
――――――
意識を覚醒させて目覚まし時計を見れば6時30分。セットした時間より20分も早く起きてしまった
昨日用意していたシャツや靴下に手をかけズボンを履く、洗面所へ行くために眼鏡を一度かけて階段を下りると母親に挨拶をする、聞かれる前に今日はコーヒーでお願いしますと伝える事も忘れない
洗面台の鏡を見ると当たり前だが自分の顔が映る、幸村君にお前たち顔の造形似てるんじゃない?と揶揄されたこの顔を……似てるのは目つきとこの顔立ちだけだろう。
洗顔と歯磨きをし、髪を整えている時に母親から丁度朝食が出来上がったと声をかけられる
日本食だと思われがちだが、我が家はどちらかというと洋食の方が多いと思う。
程良く焼けたパンとチーズ入りスクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン、サラダ、母特製のジャムを入れたヨーグルト、飲み物はコーヒーや牛乳、オレンジジュースなど日によって変わる。
飽きると言う事は無いたまに和に変えたりするので母にはいつも感謝してもしきれない
モグモグと食を進める、うん美味しい。素直に今日も美味しいですねと言うのも忘れないそうすると母は年がいも無く笑顔を浮かべるのだ
時計を見れば起きようと思っていた6時50分をとうに過ぎていた、だが7時30分に出れば間に合うのでまだ時間がある
「比呂士、今日部活帰りに牛乳を買っておいてくれない?」
「はい、どのメーカーでもいいんですか?」
何でもいいわよ、安いと嬉しいけれどなんて声が飛んでくるが実際相場などわからないので笑って返しておく
新聞に目を通して、自室に戻ると机で携帯がチカチカと点滅していた
携帯を見るとメールが1件受信されている
朝から部活関係だろうかと受信BOXを見ると……柳君からだった
【パワーリストの錘の量を少し増やすつもりなので、よろしく。】
これは2倍でやっていた丸井君とジャッカル君もだろうか
まぁいままでの重さに慣れてしまっていたので、負荷をかけるにはいいと思うけれど。
机に置いてあるパワーアンクルをつけ、下に行くついでに妹を起こし、母親に行ってきますと声をかけ玄関を出た
それが私の朝の日常なのだ。
部活の始まる10分前にはもう部室につき、ドアに手をかけるとガチャリとあちら側から人が出てくる
真田君か?と思い顔を上げると思いもよらない人が中に居た
「おん、柳生かおはよ、やっぱおまんと真田は朝が早いのぅ……まぁ今日は服装検査じゃけぇ……部活抜けるのも早いんだろうな、ここ開けたのは流石に俺じゃなからのぅ真田に聞いてくれ」
「えぇぇ……おはようございます」
居ると思わなかったただでさえ朝と寒さが弱く、部活に出るとしてもマフラーを外さないで真田君にいつも咎められながらあくびをしている彼が。
「俺が何故早いって顔に出てるのぅ部活でてりゃ校門での服装検査はパスじゃけぇそこが盲点ぜよ風紀委員さん」
なるほど。
「まったく……抜け目ないですね。そう言えば柳君から聞きましたか?」
平常を装い、昨日の事なんか無かった事のように言葉を紡ぐ彼にこれ以上拒絶の言葉をかけられたくなくて、必死に。
「パワーリストな、別にかまわんと思うが、ブン太とジャッカルも負荷増やすのかのぅ……あれ以上したら骨の方に異常おこらんといいけど」
俺だったら折れそうじゃのぅなんて部活をしている中学生男子しては(女性よりも)白い肌とほっそりとした手首を見ながら会話を弾ませる
「最初はきついでしょうね、私たちの最初がきつかったように」
「…………そうじゃな」
少し顔を伏せ心ここにあらずといった表情といつもとは違う声。
私から離れて行く彼の腕をつかみたくても何故か動き出せない。足早にこの場から離れて行く音が後ろから聞こえるにもかかわらず
あの一言で顔を俯かせ耐えるようにあの綺麗な唇を噛んだあの顔に何を思った?
贖罪?
そんなものではない彼を気付付けたからの罪悪感などではなくただ―……私に駆け巡った感情あれは「欲情」だ。
紳士?聞いて呆れる思い人の顔を見て欲情する等、そんな者紳士でもなんでもない
彼に関すると私はいつもの私では無くなる。
追いかけて謝るべきか、一体何に?
蒸し返すつもりか、彼にもう一度あの顔をしてほしいとは思わない
「どうした、ドア前に突っ立ってジャージに着替えないのか?」
柳君に声をかけられハッっとする部室前でドアが半開きのまま制服姿で突っ立っているなんて
不思議で仕方ないだろう
あぁええまぁ今日忘れ物したか急に不安になって……なんて嘘をついて部室に入る
自分のロッカーを開いてさっきまで考えていた邪念を払う彼は戻ってくるだろうか。
柳君と二人の部室は静かだ、ジャージのボタンを留めていると静寂を打破するように
「今までの物事が急に変化する事もある、特にデータで出ていてもな……だからこそ求めるのだろがふむ難しいな」
何を言っているのだろうか
「おっしゃっている意味が―……」
「うわーー!!!あっちぃ!!!!お!柳生と柳じゃん!!早く部活しようぜーぃ」
丸井君がドアを思いっきり空けながら部室に入ってくる。これでよかったのかもしれないなどと謎の安心感を持ち、柳君も変わることなくパワーアンクルの事を丸井君に伝える。
「あ?負荷?別にいいぜそれで強くなるならなんだってしてらぁぃ」
頼もしいものだなと感心すると同時にプラチナペアだからといって自分たちも負けるわけにはいかないと己を奮起する
「それにしても丸井今日は早いなデータだといつも登校ギリギリのはずだが?」
「いやっ……そのあれだよ!たまには朝練も!」
「今日は風紀委員の服装検査ですからね部活をしていれば必然的にパスになります そうでしょう丸井君?」
ニコリと顔を向ければ何も言えないのかラ……ランニングいってくるぜぃ!と着替えもままならないジャッカル君を連れだしていく
なんだかんだしていれば、着替えも終わり、部活も抜けださないといけない時間になっていた
だが朝方見かけた彼は部活には現れなかった。
(やはり、私が原因―……)
ロッカーで、風紀委員の為に着替えているとガチャリとドアが開く音が聞こえる、まだ部活は終わっていないはずだ
「……あっ」
「あぁ……もう委員会か、はよいってきんしゃい」
気だるそうな声を上げ私を促す、先ほどの事を謝るべきか、否言わない方がいいだろう
隣のロッカーに移動してジャージから制服へ着替える彼を唖然と見つめる
「もう部活出たって意味ないじゃろ」
私の視線に気付いたのか手を動かしながらポツリと呟かれる、その声にはさっきまで出るつもりだったというのが含まれているに違いない。
ロッカーをパタンと閉め、では先にいってきますねとちらばる意識の中声をかける
今日は集中して風紀の仕事が務まりそうにない、そんなんじゃ他の風紀にも真田君にも申し訳ないなと思いながら、ずっと燻ってる想いがそんな事を凌駕する。
案の定今日の委員会では違反生徒を見過ごしていたらしい、真田君にたるんどる!とまではいかないが、今日は体調がよくないのか?なんて心配をかけてしまった。
別に体調などすこぶる良いので、勉強のしすぎで少し寝不足でして……なんて数年前まではつけなかった『嘘』を簡単に紡ぎ出す。
これも彼と一緒に居た影響なのだろうか私の中でどんどん存在が大きくなっていった
「真田がぼやいとったぞ柳生の様子がおかしいってな」
彼の言葉で意識を覚醒させれば声を掛けられていた
言葉をかけてもらえると思っていなかったために反応が遅れてしまった私をやっぱなにかおかしいのぅといつもの人をおちょくった感じの時のように口角を上げ笑う
「あの……」
何を言うつもりだ、謝罪か?好意か?昨日すっぱりと拒絶されたのにか?
私は今どうするつもりだただ話をしたい彼の本意でなくても言葉を交わしたい
「屋上に行きませんか?」
精一杯の誘いは彼の好きな場所への誘い
表情を見せずえぇよと肯定を受け取り先に屋上へ歩みを進める私の後を追ってくる
カチャリとドアを開けて屋上に出ると心地よい風が吹き髪を少し乱す
その風に吹かれながら私は、この想いも一緒に乗せる、貴方に少しでも届きますようにと
「言われる事はなんとなく予想は付いてるでしょう?昨日の今日ですからね」
逃げられないようにと腕を掴むとびっくりしたのか視線が交わる
何故そんな悲しんだような目をするんですか君は
「私を拒んだ理由はなんですか」
確信を付くような言葉を投げかける
「一緒におったら不幸になるんよ」
「私はそうと思いません、誰かにそう言われたんですか?あの否定は本心なんかではないでしょう?何年共に隣を歩いたと、勝利をつかんだと思っているのです」
反論の余地を与えないように喋る、彼の話術にハマらないように
「お願いです君の本心が知りたい私は君と一緒に居て不幸になんかならない君が居れば私の世界は救われる」
「……中学生男子が将来を語るなんて野暮な事だと思っとった、ただの絵空事と、だが柳生の傍におって一緒に居たいと強く願ってしまったんじゃその時に思う、お前の将来を……きっとこの好意に答えてくれても将来お前の道で壁になる存在は俺っちゅー事に、同性であるが故に、まだ広い意味として認められてないこの中で生きて行くには、生きずらいと言う事に気付いたんじゃ、俺のどろどろとした思いで柳生を汚したくなかったんよ」
それでも私は貴方と居たい
「仁王君――これを覚えていますか?」
手の中の摩耗されたモスグリーンの硝子を差し出す
「それ……」
「えぇ昔貴方に頂いたものです、あの時から貴方は私の事を想っていてくれたそうですよね?あの時は私はまだ自分の気持ちに気付いていなかった、でも今なら貴方を抱きしめたいと私の力で幸せにしたいと想うんです」
「持ってないと思っとった……あんな……賭けとったんよおまんがこれずっと持ってるかって」
あの時のあの台詞はそれだったのか数年の謎が回収された
「賭けの内容を教えてください」
「もし、まだ好きで柳生がそれを持っといてくれたらまだ好きでいようと――」
言い終わる前にたまらずに彼を抱きしめる、やっとこの手に、近くで仁王君を求める事が出来た
握りしめた硝子を仁王君に手渡す
「これ」
「見つけてくれて有難うございます仁王君」
そっと金色の瞳に浮かぶ涙を指ですくい取りながら顔を近づける
屋上で二人の影が重なり合う
私の日常が少し変化した夏の出来事
END
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