深緑の森の奥深く朽ちた祠を見つけたのは自分が幼少の頃親にはあそこの森には入ってはいけないよ、
入ったら心を囚われ迷い込んで出れなくなってしまうからね。と再三に渡り言われ続けていた森の中だった
時期は夏だったと思う、じわりとべとつく汗が子供ながらに煩わしくなり、熱中し勉強していた集中力も切れ少し麦茶でも飲もうと母を呼んだが返事が無く心配になって畳にペタペタと汗のせいでひっつく嫌な感覚を感じながら家の中の母を探す、女中を見つけお母様は今お父様の仕事場に行きましたよと聞いて母の所在に安心すると女中に出かけてきますねと一言伝える、家に居ても良かったのだが何故が自分は呼ばれた気がしたのだ家の裏にある大きな山に

それは暑い暑い夏の事
じとっとした暑さが無くさわさわと葉の擦り合う音と心地よい風と影のおかげで体感温度が下がっている涼しいとまでは行かないがこの森に入るまでの暑さとはずいぶん違うあまり整備のされていない小道を何かに呼ばれるように導かれるように進む、入口付近までは来た事はあったが親の言う事を忠実に守っていたためこんな深く入り込んだ事の無かった柳生は、親の言う迷信の怖さよりも子供故の冒険心が勝ったようで、奥へ奥へと足を進める、葉の間からキラキラと降る太陽光なんて家の中で勉強をしていた自分にとっては新しい発見でそれが楽しくもあり新鮮だったのだ
入口から15分は進んだであろう小道が葉で覆われていたが小道は続いているため、葉を手探りで避け開いた眼前には見たことも無い大きな大きな大木が悠然とその姿を主張していた
「すごいです……」
誰に言ったでもなく心からの感想を述べると、その周りを散策し始める
入った所から見えない位置にそのボロボロになった小さい祠があり、柳生はそれに吸い寄せられるように祠の前に座った祠にかかっている落ち葉を届く範囲で払い、蜘蛛の巣を木の棒で避け、近くに落ちていた木の実を青葉に乗せて祠の前にそっと置いた。これは家のお仏壇で父に教わった事
「わたしを呼んだのはあなたですか?」
疑問だった事を祠に投げかけてみる、勿論答えが来るはずもないそう子供ながらにそう思っていた

「なんじゃ、ちんまいお客じゃのぅ」
突風と共に凛とした声を上空から感じる
「久しぶりやのぅ……客人とは、ほぉ祠綺麗にしてくれたんか坊主」
普段街の人らは「柳生家のご子息」やら「柳生家の坊っちゃん」など呼んで坊主とは呼ばれ慣れてない

柳生は「柳生家の柳生比呂士です!」とご丁寧に自己紹介を忘れない
「柳生ねぇ……比呂士おんし、わしが怖くないんか?」
突然の声と坊主と呼ばれた為良くは見ていなかったが前に居るのは見るからにして人間ではない銀の髪に金色の眼、肌は透き通るように白く、爪は普段見ている人間よりも遥かに長い
そよそよと吹く風に流れる長髪の銀糸に合うように頭からは同じ色の大きなケモノの耳と腰部分からは大きなふっさりとした尻尾が見える実際に見たことはなかったがそれは『狐』のような……
「お狐様……?」
そう言えばゆらりと尻尾が揺れ、そのことで作り物ではないんだと理解する
「そうじゃ、お狐様じゃ比呂士なんぞペロリと食ろうてしまうぞ?」
ニヤァと口角を上げ牙を見せると怯えるかと踏んだ仁王の考えはその一言で一転する
「お狐様は優しいです、さっき私が祠を掃除した時にありがとうと言ってくださいました、そんなお狐様が私を食べるわけがありません!」
「ほぉ……頭の回るガキが嫌いじゃなか」
「比呂士です」
「……比呂士は頭えぇのぅ?流石柳生家の子じゃ」

森の中で一番大きな木の上から眼下を見れば森側に大きな屋敷がある、町医者の柳生家だ昔から人柄の良さと腕の良さで大きくなっていった資産家
昔から住んでいた仁王が森の近くの柳生家を知らないはずがない、だが仁王の手によって数十年前から森の入口には結界が貼られ人が入ること等できないために祠は朽ち果てていた。
簡単に破られるはずもないそれなのにこの子供は祠まで来てあまつさえ綺麗に掃除をしていたのだ、まさかと思い子供に声をかける
「何んでここに来たん?」
「声が聞こえたんです。」
その時、長年生き続ける妖狐は心の底から歓喜し思うのだ



(―見つけた――)と
慈しむようにその幼子を見つめ
そのお狐様は綺麗に私へ笑った





月日の流れは残酷だと仁王は思う
数年前まではお狐様!とひょこひょこ足元にくっついていた幼子が今や仁王の目線の高さと同じくらいに視線が位置している、昨今の子供は発育がよすぎるんじゃないかと隣の青年を見る。今は家に内緒で暇を見つけてはこの祠にやってきて本を読んだり、学校であったことや家のことを話したりして時を過ごす尻尾を触わりながら読書に熱中する柳生を見て、いい男に育ったものだと中学生だというのにスラリと伸びた背、家柄のせいか成績優秀、人当たりも素晴らしい「学校では紳士なんて呼ばれてしまうんです」と照れて笑って言った紳士というあだ名も的を射ている
「仁王くん、今日女性から告白されたんです」
突然読書をやめて無言を破る
「でも、私は断りました。相手が悪いわけじやないんです、とても素敵な女性ですですが」
長年のカンというものだろうか、柳生の表情を見て気づいてしまう柳生は恋をしているのだと
「仁王くん、私はあなたが好きです」
揺らしていた尻尾をぱたりと止める
「お前がちんまい時から一緒にいるからその感情と恋を一緒にしたらいかんよ、お前の思いはある意味尊敬の意じゃろうて、しかも恋を妖狐に?」
「ねぇ仁王くん好きなんです、貴方が好きですたとえ妖狐でも」
真剣に見つめられ目を背けることができない、メガネの奥の瞳はまっすぐに射抜いてくる
「ねぇ、尻尾が揺れています、長年一緒にいて知っているんですよ?その揺れ方は嬉しい時だ以前私が病を患いあなたに2週間ほど会えないときがあって久しぶりに会った時もそんな揺れ方をしていた」
忘れるはずもない、なん百年と人とあわず森の動物たちとだけ語り合ってきたなかで柳生ただ一人が笑いかけ、ずっと傍にいたのだ久々に感じる人のぬくもり今はないが数百年前、柳生家と妖狐は交流があった、だが時代の流れか狐は悪しきものとされ交流がなくなってきたのだ。
「私のすべて捧げます、先に逝ってしまうから寂しさも残すかもしれないけれど私のすべてをあなたに捧げるあなたの生きる一部分を私にください」
ゆらりと尻尾が揺れる――







立海に入学して少し経ち、柳生はただ一人テニス部の見学をしにきた
コートをフェンス越しに見つめボールが弾く音を聞きながら次は私がここに立ち戦うのだと自分を戒めると後ろから懐かしい声がする
「柳生」
まさか、うそだそんな訳が
「久しぶりじゃのぅ?おまんが死んでから120年ずっと探しとった」
声にならない思い、私だってこの世に生まれ変わり柳生という姓をまた受け継ぎその中でなんど探したことか伝えたいのに言葉が出てこない
「なんじゃ、ちんまい頃の泣き虫は変わっとらんのぅ!」
あなただって変わっていない
「あなただって……銀髪ってあまりにもそのままでしょうっ……!」
当時人を少し小馬鹿にする笑いと同じようにフンと笑い
「見つけやすいじゃろこの色の方が」
それはそうだ、当時から綺麗だとは思っていたキラキラと太陽に反射し、にこりと笑ってくれるこの人が。

「久しぶり、柳生」
「いいえ、初めましてです仁王くん人間の貴方は初めましてです、フルネームをお聞きしても?」
「紳士は相変わらずか!それこそ柳生じゃ、名前は仁王、仁王雅治同い年じゃ」

『やっと』
二人の声が重なる



(―見つけた――)と
慈しむようにその紳士を見つめ
その詐欺師は綺麗に私へ微笑む


柳生は過去に親に言われた言葉を思い出す心を囚われ迷い込むと確かに心を囚えられ数百年も思い続けている、あの注意は本当だったのだとでもあれを守っていたらきっと出会わなかっただろうと



「仁王くん、あなたの全てを私にください」



ふわりと銀の尻尾が揺れた







END
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